「築地本願寺」へ行く

 
     今日は1月も、もう14日だというのにやっと4日の東京のぶら散歩です(笑)
     そう、4日に行ったのは結局、東京でした・・・10日連続の記事になると思います

     夜、ベッドの上で、ホテルで手にした東京の観光地図を見ながら、東京か鎌倉か、思い切って
     小田原へも考えていました
     そして、ホテルで朝食を取っている時に決断をしました
     ホテルは日本橋でしたが地下鉄では茅場町駅界隈にあり、地下鉄を使えば築地市場駅にまで
     2駅と近く、築地も11月に移転するので、最後の築地を見ておこうかなと思いまして・・・

     築地市場駅から歩いて行く途中に「築地本願寺」があるので寄ってみました
     ここの前を通ったことはありましたが、本堂に入るのは今回が初めてでした

     
     築地本願寺は、元和3年(1617年)に創建された京都の西本願寺の別院です
     創建当時は今の場所ではなく、浅草にあり「浅草御堂」と呼ばれていました
     寛永2年(1625年)の明暦の大火で坊舎が消失し、幕府の区画整理で、替地が八丁堀の海上
     佃島門徒が中心となって海を埋め立て、土地を築いたことから「築地」の地名となりました
     延宝7年(1679年)、ここに再建され、「築地御坊」と呼ばれていました

     正式名は「浄土真宗本願寺築地別院」でしたが、平成24年に「築地本願寺」となりました
     本堂は関東大震災で崩壊しましたが、昭和9年(1939年)古代インド様式の石造建造物として
     再建されました
     御本尊は、聖徳太子の作と言われる阿弥陀如来立像です



                              「築地本願寺
                          http://tsukijihongwanji.jp/

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    古代インド様式をモチーフとしたこの建物は、当時の浄土真宗本願寺派法主大谷光瑞と親交の
    あった東京帝国大学工学部名誉教授・伊東忠太による設計で、現在では多くなって来ましたが、
    当時の宗教施設としては珍しい鉄筋コンクリート造りで、大理石彫刻がふんだんに使われ、築地の
    街の代表的な顔となっています
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外観は見ることはあると思いますが、本堂内部はこうなっています

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本堂の一角には、自ら命を絶ったX JAPANのhideさんのコーナーがありました
hideさんは築地本願寺に安置され、ここで葬式が行われ、告別式はテレビでも放映されました
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下の参拝カードがいただけたので、大事にしています
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